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東京地方裁判所 昭和29年(モ)17476号 判決 1955年6月18日

債権者 近藤義実

債務者 亀水久二 外一名

主文

一、当裁判所が、昭和二九年(ヨ)第七、四七五号不動産仮処分申請事件について、同年九月十五日にした仮処分決定は、債権者において、保証として、七日以内に更に金二十万円を供託したときは、これを認可する。

二、訴訟費用は、債務者等の負担とする。

事実

第一債権者の主張

(申請の趣旨)

(一)  主文第一項の仮処分決定を認可する判決を求める。

(申請の理由)

(二) 債権者は、別紙<省略>記載の土地建物(以下本件土地建物という。)の所有者であり、かつ、昭和二八年八月五日本件土地建物について所有権移転請求権保全の仮登記をした。すなわち、

昭和二八年七月二四日債権者は、樽味久太郎に対し、金二百万円を貸与し、右債権担保のため、同人所有の本件土地建物に抵当権の設定を受け、期限(昭和二九年七月九日)に弁済しないときは本件土地建物を代物弁済として、債権者の所有とすることを契約し、前記仮登記をした。その後樽味が、右期日に弁済しないため、債権者は、昭和二九年八月三〇日樽味に到達した内容証明郵便で同月三一日までに、右債務を弁済しないときは、本件土地建物を代物弁済として、債権者の所有とする旨意思を表示したが、樽味が弁済しなかつたから、同日本件土地建物は、債権者の所有に帰したのである。

(三) 債務者等は、本件土地建物の不法占拠者である。

すなわち、

債務者等は昭和二九年五月頃売買予約附で一年分の前家賃を支払つて本件土地建物を右樽味から賃借したと称して、債権者の明渡要求に応じないが、右売買予約附賃貸借は、債権者に対するいやがらせのための、仮装のものであつて、債務者等の本件土地建物に対する占有は何等正当な権原に基くものではない。

よつて、債権者は債務者等に対して、本件土地建物の所有権を、登記なくして対抗することができる。

(四) 仮に債務者等の賃借権が真実のものであつたとしても、債権者において、本件土地建物の所有権取得の本登記手続を完了した暁は、債務者等にその所有権を対抗することができ、本件土地建物の明渡を請求できる筋合である。

(五) 債権者は、右樽味に対する本件土地建物の所有権移転本登記手続の請求訴訟と併合して、将来の給付の訴として、債務者等に対する本件土地建物の明渡請求訴訟を提起しているが、右訴訟中に債務者等が、本件土地建物の占有を移転する虞があるので、右本案訴訟の執行保全のため、主文第一項掲記の仮処分申請をし、「債務者等の本件土地建物に対する占有を解いて、債権者の委任した東京地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏はその現状を変更しないことを条件として、債務者等にその使用を許さなければならない。但し、この場合においては、執行吏はその保管に係ることを公示するため適当の方法をとるべく、債務者等はこの占有を他人に移転しまたは占有名義を変更してはならない。」との仮処分決定を得たが右仮処分決定は、現在もなお維持する必要があるから、これが認可を求める。

第二債務者等の主張

(異議申立の趣旨)

(一)  主文第一項掲記の仮処分決定を取消し、その申請を却下する判決を求める。

(異議の理由)

(二) 債権者の主張事実のうち、債権者がその主張の日時その主張のような仮登記をしたこと、樽味久太郎に対して債権者主張の日時その主張のような代物弁済の意思表示が到達したこと、債務者等が本件建物を現に占有中であることは認める。

(三) 樽味久太郎は、昭和二八年七月頃、株式会社日本菓子販売の相談役であつたが、その頃、同会社の営業資金として金二百万円の融資を受けることになり、同会社の重役である多田粂三郎から金百三十五万円、織田芳男から金二十万円、篠崎新太郎から金十五万円、西村友孝から金十万円、債権者から金二十万円、計二百万円を同会社が、同人等からそれぞれ借り受けたのであるけれども、表面上、右二百万円全額について、樽味が債権者に対して債務を負担した形式にしたにすぎず、利息等は同会社から、本来の出金者に支払つていたのであつて、真実に、樽味が債権者に対して債権者主張のような債務を負担していたのではない。従つて、債権者の主張するような仮登記は、実体の権利関係に合致しない無効の登記であり、また、右債務の存在を前提とする代物弁済によつて、債権者が樽味から、本件土地建物の所有権を取得するわけがない。

(四) 債務者亀水正也は、債務者亀水久二の長男であつて、昭和二九年六月十二日樽味から本件土地建物について、売買予約をすると同時にこれを賃借して、その引渡を受け、それ以来債務者等が居住しており、第三者に対する対抗要件を備えたので、債権者から、本件のような仮処分を受ける理由がない。

第三疏明<省略>

理由

(一)  債権者本人の供述によつて成立を認める甲第五から第八号証、成立に争ない甲第一号証、甲第二号証の一、乙第一から第八号証、証人樽味久太郎の供述(但し後記措信しない部分を除く。)証人沢中正平、債権者本人の各供述と弁論の全趣旨とを綜合すると、

債権者は、篠崎新太郎、織田芳男等と共に、株式会社日本菓子販売の取締役であるが、昭和二八年七月頃、同会社の営業が困難になつた際、当時同会社の相談役であつた樽味久太郎が、更に二百万円出資してくれるならば、同人が同会社を引き継いで、経営の衝に当るというので、債権者及び織田芳男が各金二十万円、篠崎新太郎が金十五万円、西村友孝が金十万円、多田光範こと多田粂三郎が金百三十五万円、合計二百万円を挙出することになつた。そして、右の五名と樽味との間に、「樽味は、自己が債務として負担する右二百万円のうち、百万円を、株式会社日本菓子販売の経費にあてること、残り百万円は、樽味個人の生活費に使つてもよいが、そのかわり、右二百万円に対し本件土地建物を担保に提供して抵当権を設定し、なお、右抵当権の登記をするに際して、右五名が名を連ねるのを避けるため、債権者が他の四名を代表して、樽味に対する右金二百万円全額の債権者兼本件土地建物に対する抵当権者となり、また、右二百万円を昭和二九年七月九日までに弁済しないときは、代物弁済として、本件土地建物の所有権を債権者に移転する。但し、利息は百円について日歩三銭とし(甲第二号証の一、甲第三号証、乙第二、三号証には利息年一割とあるも、乙第四乃至八号証の各記載に照らして措信しない)、前記五名に対し、それぞれの債権額に相応する利息を、毎月二十八日樽味から直接支払う、」という趣旨の合意が成立した。右の合意は、昭和二八年七月頃、何回かに亘る接渉の結果前記のような内容をもつに至つた。

しかして、右二百万円のうち、会社の経費に使用する約束の百万円は、その頃、株式会社日本菓子販売の振り出した手形の決済のため、債権者から直接同会社の取引銀行に払い込まれ、樽味個人の使用に委ねられた百万円は、その頃、債権者等から現金で樽味に交付された。また、昭和二八年八月五日樽味は、右の合意に基いて、本件土地建物に対し、債権者のために右金二百万円の債務について、抵当権設定登記と、右債務を期限に弁済しないときは代物弁済として所有権を移転すべき請求権保全の仮登記をした。

ことを一応推認することができ、これに反する証人樽味久太郎の供述部分は措信しない。果してそうだとすると、債権者は、樽味に対し、金二百万円の債権を有し、かつ、本件土地建物について、代物弁済による所有権移転請求権保全の仮登記に基いて、所有権取得の順位を確保したものというべきである。

(二)  樽味久太郎が、債権者に対し、右金二百万円の債務を期限に弁済しなかつたことは、債務者において明らかに争わないところであり、昭和二九年八月三一日までに右債務を弁済しないときは、本件土地建物を代物弁済として債権者の所有に帰する旨の意思表示が同月三〇日樽味久太郎に到達したことは、当事者間に争がない。よつて、本件土地建物は、右日時の経過と共に債権者の所有に帰したとみるべきである。

(三)  債権者は、樽味久太郎と債務者亀水正也との間の本件土地建物の売買予約附賃貸借契約は、仮装のものであると主張する。この点について、甲第九、第十一号証、証人本田金平、債権者本人の各供述があり、また、証人樽味久太郎の供述中に、手附金十万円、一年分の家賃として百万円もらつた旨の供述があるので、本件土地建物について売買予約附賃貸借契約が真実のものである旨の成立に争のない乙第九号証の記載や、債務者本人亀水久二の供述(第一、二回)は、疑わしいけれどもさりとて、債権者の援用する前記各証拠をもつて、右売買予約附賃貸借契約が真実のものでなく、仮装の虚偽の意思表示であるとの疏明があつたとみることもできない。

よつて、本件においては、一応、債務者亀水正也と樽味久太郎との間に本件土地建物について売買予約附賃貸借契約が存在するとの債務者援用の各証拠を採用することにし、この前提に立つと債務者等が本件土地建物を占有することは、当時者間に争がなく、債務者亀水正也は、昭和二十九年五月頃、右賃借権に基き樽味久太郎からその引渡をうけ、債務者亀水久二はその父として同じく占有していることは、債務者本人亀水久二の供述(第一、二回)により認められるから、本件土地建物に対する所有権取得の本登記手続を完了していない債権者は、前示認定の所有権取得をもつて、現在直ちに債務者等に対抗することができない。

(四)  しかし、前示のように、債権者は、既に仮登記をして、本件土地建物に対する所有権取得の順位を確保しており、かつ、その所有権取得の本登記権利者としての基礎関係は既に成立しているのであるから、債権者において、本登記手続完了の暁は、その所有権取得をもつて、右仮登記後に賃借した債務者等に対抗でき本件土地建物の明渡を請求することができるわけであり、このような将来発生すべき所有権に基く本件土地建物の明渡請求権も、既にその基礎関係が成立している以上将来の請求権として仮処分における被保全権利となり得るものと考える。

(五)  次に、右のような、将来の明渡請求権の執行を保全するため主文第一項の仮処分決定をする必要性があるかというに、債権者の援用する全証拠や、弁論の全趣旨によれば、その必要性は、必ずしも十分に疏明されたとはいえない。換言すれば、主文第一項の仮処分決定のように、本件土地建物に対する債務者等の占有を解いて執行吏に保管を命じ、現状を変更しないことを条件として、債務者等に使用を許し、その旨公示する等の仮処分をしておいた方が、しておかない場合よりも、右のような将来の明渡請求権の執行が容易であることは、自明であるが、このような仮処分をしておかないと、果してその執行が著るしく困難、または執行不能になるかどうかの点についての疏明としては、十分でないといわなければならぬ。けれども、諸般の事情を考慮すると、この程度の疏明の不足は保証をもつて代えさせることができると認める。

(六)  これを要するに、主文第一項の仮処分決定は、債権者の、債務者等に対する本件土地建物の将来の明渡請求権の執行保全のため保証を立てさせるときは、これを相当として認可すべきものであるところ、既に、債権者は、保証として電信電話債券額面金二十万円を供託しているが、諸般の事情を綜合すると、この程度の保証では、債務者等の蒙る虞のある損害の担保並びに疏明の不足を補うには十分でないと認められるので、更に債権者において保証として、金二十万円を七日以内に供託することを条件として主文第一項の仮処分決定を認可することとする。訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条を適用した。

(裁判官 福森浩)

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